2016年1月25日月曜日

映画「千年医師物語 ーペルシアの彼方に」見てきました

「千年医師物語 ーべルシアの彼方に」見てきました。

非常に良い映画だったと思います。ただ、なんというか、非常にリアルな部分とやや首を傾げるおかしなところの混じった奇妙な映画です。
なんというか、「オタク的」な映画なんですね。

この映画の舞台は11世紀のイギリスから始まります。いわゆる暗黒の中世です。ローマ時代の優れた科学は忘れ去られ、都市は不衛生で様々な病気が蔓延しています。しかし、病気にかかっても医者にかかることも出来ません。せいぜい、怪しげな旅の理髪師が、効くか効かないかもはっきりしない稚拙な「治療」を行うだけの時代です。

主人公は病気で親をなくし孤児として育った少年です。親をなくした彼は、村々を馬車で巡回しながら治療サービスを提供する怪しげな理髪師の助手として成長していきます。

しかし、そんな暗黒のヨーロッパの外、イスラム世界では、ギリシャの科学を受け継いで、さらに後の近代科学につながるような新しい科学が生まれていました。そして、そこには、そんなヨーロッパの理髪師たちよりはるかに進んだ医療技術が存在していたのです。

オリエントとヨーロッパを行き来するユダヤ人たちから、主人公は、自分たちヨーロッパ人より遥かに高い技術を持つイランの医師イブン・シーナーの話を聞きます。そして、彼の住むイスファハンへの渡航を決意するのです。

そして、なんとか憧れのイランにたどり着いた主人公はイブン・シーナーに弟子入りするのですが。。。
まあ、この先は映画を見てください。

この映画は、凄まじくリアルな部分と、どうにも考証のアラが目立つ部分が混在しています。

当時の医療技術は、この種の映画としては非常にリアルに再現されていると思います。病気もリアルに描かれていますし(あまりリアルすぎて、こういうものに慣れていない人には、少しグロテスクに感じられるかもしれません)、暗黒のヨーロッパの稚拙な治療技術も、世界に冠たる先進地域であったイスラム世界の優れた治療技術も、非常にリアルです。

その一方で、イスラム世界の社会的・政治的な状況については、かなり偏見が混じっていると思います。

映画の設定では、イスラム教国ではキリスト教徒が弾圧されています。ですので、キリスト教徒たちはイスラム教国に入国できません。そのため、キリスト教徒である主人公はイランにいくためにユダヤ人に化けるのです。ユダヤ教徒は、社会的に下層の扱いではあったものの、イスラム教国とキリスト教国の両方で容認されていたからです。そういう設定なのです。

しかし、本当のところ、イブン・シーナーの時代のイランは、非常に他宗教に寛容な時代です。この時代のイランを支配していたブワイフ朝は、キリスト教徒もユダヤ教徒もそれほど弾圧しなかったはずです。それなのに、この映画では、当時、世界一の文明人であったはずのイスラム教徒たちが、やや狂信的な「怖い」人たちに描かれているのです。

作中では、イブン・シーナーは、国王の権力に翻弄される、優秀であるが政治的には無力な学者として描かれています。しかし、実際の彼はイランの宰相になったこともある権力者でした。また、イブン・シーナーがイスラムの教えに反する「あること」をしたため処刑されるシーンもあります。しかし、史実では、彼は処刑や戦争で死んだのではありません。彼の死因は「原因不明の腹痛」でした。「原因不明」というのは、イブン・シーナー自身が自身の腹痛を診断できなかったからです。彼自身が当時最高の医師でしたから、彼がわからないということは、すなわち、当時の医学では原因がわからないということになったのです。

妙にリアルな部分と妙におかしな部分が混在している映画です。こういう落差は、オタク的な作品にはよくあります。

たとえば、すこし前に流行った「ガールズ・アンド・パンツァー」は、戦車に乗って女の子が戦う作品です。この作品では、細かいディテールまでリアルに描かれた戦車が走り回ります。しかし、この作品中では、このリアルな戦車の重たいハッチを小さな女の子が軽々と開け閉めするなど、どう考えてもリアルでない描写もたくさんあるのです。
たぶん、この作品を作った人は戦車の詳細なディテールにはすごく興味があるのでしょう。そして、自分が興味のある部分についてはリアルに書きたい気持ちがあるのだけれど、大して興味のない部分は、まったく真面目に書く気がないのでしょう。

この「千年医師物語」も、映画を作った人がこだわりたい部分だけがリアルに作られて、作った人が気にしていない部分は適当に作られたんではないかと思います。

イブン・シーナーは伝説的な人物ですが、いうまでもなく歴史上の実在の人物であり、たくさんの記録が残った科学史上の著名人です。それを扱った映画で、あまり事実に反する描写が多いようでは、お話にのめり込みにくくなってしまいます。また、あまり、イスラムへの偏見が見え隠れするようでは、この映画に不快になる人も多いでしょう。

これはこれで良い映画だと思いました(エンターテイメントとして十分楽しめました)が、次は、もっとリアルな、事実に即したイブン・シーナーを見たいと思いました。でも、そもそも、こういう題材を扱った映画って、少ないんですよね。

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