2019年7月19日金曜日

宗教家としての山本太郎(あるいは、スピリチュアル政党としてのれいわ新選組)

もうすぐ、参議院選挙です。
ここしばらく、私、山本太郎をウォッチしていました。
このエントリーは、そのウォッチの記録、選挙直前、私が彼を見て何を思っていたか、の記録です。あらかじめ、書いておきますが、山本を強く支持する人や、反対に、彼を強く批判している人は、このエントリーを読んで、不快になるかもしれません。

私が山本をウォッチし始めたのは、最初は、彼の政策への関心からだったのです。
ほう、日本にも、MMTをベースにした左派新党が登場したか。消費税を批判し、貧困層の救済を主張し、その財源として、大規模な国債発行を主張する。それなら、まさに日本のサンダースだな、と。そう思って見ていたのです。

しかし、見ているうちに、どうも、こいつはサンダースではない。それどころか、左翼ですらない。左翼系の学者たちをブレーンにつけているそうだけれど、どうも、この人は、左翼とか右翼とか、そういうポジションとはちょっとズレている。そう思うようになりました。

山本太郎は、一度、天皇に直訴したこともあるように、かなりの「尊王家」です。そう認識した上で話を聞くと、彼のスピーチは、かなり、普通の左翼とは違います。

日本では、左右対立の最大の争点の一つは、憲法であり、安保でした。
今回の選挙でも、憲法改正派が3分の2を維持できるかが一つのポイントになっています。しかし、山本は、この選挙戦の間、ほとんど、安保についても憲法についても発言していません。与党が3分の2取るかどうかにも無関心に見えます。3分の2とらせないという話の代わりに出てくるのは、「政権を取りたい」という劇画的なくらい非現実的な叫びです。おそらく、山本は、安保や憲法には、さして興味がないのだと思います。

また、彼のスピーチには、ほとんど安倍首相の批判が出てきません。左派政党の政治家のスピーチは、しばしば、右派から「アベガー」と揶揄されるように、スピーチの相当部分が安倍政権への批判で占められている事が多いのです。しかし、山本は、ほとんど安倍首相批判に言及しません。確かに、貧困や福島の問題には強い関心を持っている(それも、あまり、科学的に正しい理解を伴っているわけではないのですが)のは左翼っぽいのですが、その関心も、左翼的というより、非常にエモーショナルなもので、少し前の「次世代の党」などに似た右翼系ポピュリズムに近いニュアンスを感じるのです。もし、自民党が、消費税減税をするから憲法改正に賛成しろとバーターを持ちかけてきたら、山本は、その取引を受け入れる可能性があるのではないでしょうか?

おそらく、政治家になる前の山本太郎のもともとの立ち位置は、安倍アッキーなんかと似た、科学や政治に対して不信感を持ち、自然に近いものや伝統的なものに好感を持つ、薄めのスピリチュアル左翼(あるいは、厨二左翼とでも言うべきか)とでもいうべきポジションだったのだと思うのです。それが、福島原発事故を契機に、政治に関心をもつようになって、ああいうふうに変わっていったのでしょう。

政治家になってからの山本の成長は著しく、特に、ここしばらくで国会質問は急にサマになってきました。同時に、街頭でのスピーチも抜群にうまくなってきました。しかし、今でも、本質的には、彼は、もともとの厨二スピリチュアル政治家のままなのです。

私は、今度の「れいわ新選組」の、消費税廃止とかなんとかは、左翼的なポピュリズムというより、厨二感覚で立案された政策なんじゃないかと疑っています。おそらく、ネット上で山本の新党について語っている人の多くは、劇画でも読んでいる感覚で見ているんじゃないでしょうか?支持者の多くも、おそらく、彼の語る政策が実際に実現すると考えているわけではなくて、その、非現実的だけれど痛快な政策一覧を見て、劇画的に楽しんでいるのではないかと思うのです。

彼のスピーチのキメ台詞、「あなたをしあわせにしたいんだ」「あなたは、そこに存在するだけで価値がある」も、左翼的なアジテーションというより、スピリチュアルな叫びだと思います。

ネットでは、山本を支援する人の多くが、彼の街頭演説の動画を拡散して、フォロアーたちに見るように勧めています。その際、かなりの山本支持者が、「投票しなくてもいいから、これを見ると元気になるから」見てほしいと言っています。政治家の応援で、「動画を見ると元気になるから」といって演説動画を勧めている人たちは、私は初めてみました。自民党や民主党や共産党の支持者では、ある政治家を応援すると元気になれるなんて言って応援していた人たちは、おそらく、これまで、ほとんどいなかったのじゃないかと思います(実は、これまでだって、「政治家を応援する会に行くと元気になる」という話は、まったくないというわけではありません。「元気がほしいから、アントニオ猪木の応援に行ってビンタをしてもらう」といっていた人を、私は一人知っています。)。確かに、山本のスピーチは、熱量が大きくて、人によっては、元気が出る人も多いでしょう。

元気になるというご利益のある演説会、というのは、非常に宗教的です。私は、山本太郎という人は、宗教家としての才能がある人ではないかと思っています。また、彼の新党には、宗教団体のようなカラーがあると思っています。その新党が、東京選挙区で、先輩格の宗教政党の党首にケンカを売るような選挙戦を演じているのは、単にプロレス的に面白い選挙エンターテイメントではなくて、おそらく、かなり考えた上でやっていることだと思います。

さて、もうすぐ選挙です。私は、山本の新党に投票するつもりはありません。彼らの非現実的な政策に賛成出来ないからです。しかし、彼らを、非常に強い関心を持ってみています。おそらく、れいわ新選組は、今回、数議席確保するでしょう。

今回の選挙でれいわが集めたユニークな候補者の面々は、山本の人脈作りの能力の高さを示しています。今は非現実的な政策を掲げている山本ですが、政党要件を満たせば、今後、もっとよいブレーンを集めて、もっと現実的な政策を作る能力を持つようになる可能性も十分にあると思います。

今後、どうなっていくか、引き続き、見ていこうと思います。

2019年6月27日木曜日

天才について

最近、FBで、「天才」についてはなしをした。少し面白かったので、記録しておこうと思う。

1、分野ごとの天才
天才であると認められるためには、何か、圧倒的な能力を周囲に見せる必要がある。そして、能力を証明するために必要な条件は、分野によって異なる。スポーツや数学など、能力証明に必要なルールが整備されている分野では、天才は生まれやすい(サッカーの天才、将棋の天才、数学の天才、など)。反対に、ルールが複雑な、医学とか文学とかでは、天才は生まれにくい。そういう分野では、たいてい、「天才」ではなくて、「天才的」にとどまる(天才的な作家、天才的な外科医、天才的なピアニスト、など)。

2,ビジネス分野にも、「天才」と呼ばれている人が、ときどきいる。スティーブ・ジョブズとか、松下幸之助とか。ただ、あれは、1で言うような天才とは少し意味が違うように思う。というのは、ビジネスにおける天才というのは、個人の圧倒的に卓越した能力でもって天才と呼ばれているのではなくて、世の中を変えたとか、お金を稼いだとか、ビジネスにおける成功をもって天才と呼ばれているように見えるからだ。だから、無名で貧乏な天才将棋指し、とか、無名で貧乏な天才サッカー選手、というのは、存在しうるけれど、無名で貧乏な天才ビジネスマン、というのは、存在し得ない。また、天才的ビジネスマンは能力よりも成功によって天才と呼ばれるから、その天才を引き出す右腕役のような存在を必要とすることもある。能力によって天才と呼ばれる人は、本質的に、補佐役を必要としない(能力による天才は極端に社会性がないこともあるので、生活上のサポーターを必要とする場合はありうるが、あれは、補佐役というより介護役だと思う)。

2、天才の欠落
天才(あるいは天才的な人)を何人か見た経験からすると、天才は、普通人に天才的な能力を追加したような感じではなくて、普通人よりも何かが不足している、何かバランスの欠けた感じに見える人が多い。
おそらく、多くの天才は、元々、人並みよりも高い能力を与えられるわけではなくて、何か、大きな能力の欠落があって、その欠落を埋め合わせる形で、天才的能力を発達させるのだと思う。その結果が、あの、バランスの崩れなのではないか。

3、天才とひとりごと
私の知る天才のかなりの部分が、ひとりごとを話す。壁に向かって話したり、人形に話す人もいる。あれは、ルーチーンなのか、脳内会議みたいなものなのか。

2019年6月21日金曜日

likebook MARSの使用感

今年3月に、e inkディスプレイのタブレット、Likebook MARSを買いました。
買ってしばらくの後、FBにレビューをアップしていたのですが、このあたりで、もう一度、使用感をまとめておこうと思います。

この製品は、かなり尖った製品で、買ってからわかった長所や短所がたくさんあります。使い勝手の問題点は、その後、使い方の工夫によって改善できた部分もありますが、最終的に、なんともできなかった部分もあります。

1,眼精疲労やドライアイなどのVDT症状は、ほぼなくなります。
e inkに関心を持っている人の多くが、スマホやタブレットの使いすぎでの眼精疲労に悩んでいると思います。この点では、このガジェットは、本当に期待通りです。また、私の場合、この製品をタブレットとして使うようになってから、夜、寝付きが良くなり、また、夜間に目が覚めてしまう中途覚醒がなくなりました。これは、これまでは夜寝る前に、タブレットの光るディスプレイを見ていたのが、強く光らないe inkに変わったからだと思います。
この点、私としては、VDT対策としてe inkディスプレイが役に立つのではないかと思っているのですが、これ、説明しても、この点で困っていない人(や、e inkを経験したことがない人)には反応が薄いのですよね。

2,画面のレスポンスの問題は、設定でどうにかできる。
画面の描画については、ある程度細かく設定できます。
まず、16階調と2階調の二種類のモードがあり(16階調のほうがきれいな表示になるが、描画速度がおそく、アニメはコマ落ちになる)、また、リフレッシュについて、通常モード、急速モード、Regalモード(リフレッシュにかかる時間やリフレッシュの範囲が、それぞれ、ことなる)と3種類のリフレッシュの方法を選ぶことができます。また、リフレッシュの頻度も選ぶことができます。
これらの設定は、アプリ毎に決めることもできるようになっていますし、いつでも、画面の上のツールバーをタップすることで、すぐに設定変更できます。einkのガジェットでは、動画やアニメーションを見るときなどのレスポンスが問題になることがあるのですが、そのアプリごとに最適の設定にすれば、多くのアプリは、そこそこ使えるようになります。
私の場合、たとえば、youtubeなど、描画速度が重要なケースでは2階調でリフレッシュなし、漫画を読むときなど、静止画がきれいであることが重要なケースでは、16階調でregalモードにしています。また、ウェブブラウザなどでは、ページの種類に応じて、ツールバーをタップして、その両設定を使い分けています。
下の動画は、2階調でyoutubeを見たときのものです。


3,どうしても使いにくいアプリもある
ほとんどのアプリでは、普通のスマホやタブレットよりも、ずっと目が疲れにくくなります。ただ、どうしても使いにくいアプリもいくつかあります。
たとえば、アプリの種類によっては、画面の大きな部分の明度が、急に変化したりしますが、そういうものは、画面がちらついて見にくいです。たとえば、私、「ぴよ将棋」というAndroidの将棋アプリをよく使っているのですが、この「ぴよ将棋」、ダイアログウィンドウが表示されるとき、ダイアログを強調するために、背景がパッと黒っぽく変わるUIになっています。このとき、普通のスマホやタブレットでは全く気にならなかったのですが、einkでだと、この背景が急に黒くなるたびに目が痛くなるのです。そういう、普通のディスプレイでは問題にならないことが、einkでは、どうしてもダメということがいくつかあります。また、モノクロですから、カラーだと見えやすいUI要素でも、要素と背景が同程度の明度であった場合、見えにくいこともあります。
とはいえ、Androidのアプリは多様ですから、多くの場面では、モノクロでも使いやすいUIのアプリを探すことができるだろうと思います。

4,スピーカーはない
スピーカーは付いていません。音を出したい場合は、スピーカーかイヤホンを繋ぐ必要があります。イヤホンジャックとBluetoothの両方が使えます。スピーカーがついていないのは、おそらく、メーカーとしては、音が出るゲームやアニメより、読書端末として使ってもらうつもりで設計したからなのでしょう。

5,読書端末としては、KindleやKoboの専用機のほうが良い。
GooglePlayが使えますので、KindleやKoboのアプリをインストールすれば、KindleやKoboの電子書籍を読むこともできます。ただ、KindleやKoboをつかった読書だけが目的であれば、購入はおすすめできません。というのは、読書端末としての使い勝手が、KindlePaperwhiteなどの専用端末に大きく見劣りするからです。というのは、現状、KindleアプリもKoboアプリも、einkに最適化されたUIを持っているわけではないからです。たくさんの書籍から目的の本を選ぶ画面では、画面切り替えでなくスクロールする方式ですし、ページめくりの際にはページめくりアニメーションがあります。スクロールやアニメーションは、e inkでは、ストレスになります。私の感覚では、読書は、わずかでもストレスが少ないほうがいいです。Kindleを読みたい人はKindleを買うべきですし、KindleとKoboを使い分けている人も、読書だけが目的であれば、本機ではなくて、KindleとKoboの二台持ちをしたほうが良いと思います。

6,入力が、結構たいへん。
私は、このガジェットを、仕事の際のメモに使いたかったのですが、本機は、画面のタッチの精度が、あまりよくありません。そのため、ソフトキーボードで長文を打つのは、少し難しいです(通常のタッチ操作であれば、ほとんど問題ありません。フリックで高速に文字入力するときだけ、問題が発生します)。これは、このタイプのディスプレイに、まだ、あまりこなれていないところがあるからでしょう。スタイラスも試したのですが、スタイラスにも、反応はいまひとつです。
そこで、今は、タブレットスタンドを買ってきて、タブレットを立たせて、bluetoothのキーボードとつないで使っています。この方法であれば、そこそこ使えます。ただ、タブレットですから、ペンや指でスラスラ入力できるようにしてほしいですね。

7,全体としては、私としては、このガジェットに満足しています。
ただ、いくつか改良してほしいところがあります。一番は、サウンドを聞けるようにスピーカーを付けてほしいことです。音声が聞こえるだけで、使える範囲は、ずいぶん広がりますからね。また、タッチ操作の精度も、もう少し良くしてほしいです。
あと、できれば、このディスプレイを使った、4インチサイズの小さいスマホもほしいですね。

2018年5月25日金曜日

摩訶大将棋の話

私の友達の中で、将棋と仏教と歴史が好きな人には、関心を持ってもらえそうな話題です。って、そんな人、あんまりいないか。将棋好き、仏教好き、歴史好きの友達は、それぞれいるんだけれど、その3つがダブっている友達は、あまり多くないですから。
何かと言うと、将棋の歴史と日本の宗教の歴史の交錯する話題です。

今の日本将棋の原型になったと思われるゲームをたどると、平安時代にプレイされていた、いくつかの種類のゲームにたどり着きます。平安将棋、大将棋、摩訶大将棋、天竺将棋と言ったゲームです。

これらのゲーム、かなり変なゲームで、また、日本近隣の国の他のチェス系ゲーム、中国のシャンチーやタイのマークルックなどともずいぶん異なるゲームです。なかでも、摩訶大将棋は、これは、プレイしたら、わかるひとはわかると思うんですけれど、明らかな宗教くささがあるのです。

摩訶大将棋は、今の将棋と同じく、自分の「玉将」というコマを守りながら相手の「玉将」というコマをやっつけるゲームです(現在の将棋では、玉将と、もう一方は、「王将」ですが、安土桃山時代までは、両方とも、「玉将」だったことがわかっています)。この「玉将」、どうも、周りのコマの配置から見ると、天皇をシンボリックに表現したものみたいなんですけれど、大して強いコマじゃありません。

そのかわり、玉将の周りには、いろんな強いコマがあります。さらに、玉将の周りにある強いコマに混じって、二つ、弱いけれど、重要な駒があります。一つが、「無明」というコマで、もう一つは「提婆」というコマです。この二つのコマは、ものすごく非力なコマなんですが、ゲーム中に成長して、「無明」は「法性」というコマに、「提婆」は「教王」というコマに変化します。この「法性」と「教王」は、めちゃくちゃ強いコマで、これが作れたら、このゲームでは圧倒的に有利になります。

なので、この摩訶大将棋というゲーム、前半は、お互いに、いろいろな強いコマを捨てながら、無明と提婆から、出来るだけ早く法性と教王を作ろうとする展開になります。で、後半は、そうやってできた法性と教王が天皇をサポートして敵を追い詰める、という展開になります。

これ、見る人が見れば分かりますけれど、明らかに、なんかの宗教が背景にあるわけです。で、これは、一体何なんだろう、当時の人は、どういう動機で、こんな変なゲームをやっていたんだろう、っての、私、昔から不思議だったんですよ。

これについては、私なりの仮説があったのだけれど、今日、このブログを見つけて、私が思っていた仮説と似た議論だったので、思わず、興奮してしまったのでした。

摩訶大将棋のブログ4

著者自身、少しずつ調べながら、自分なりの仮説を作ってきたようで、最近になるほど仮説が完成してきて面白くなる。200前後からが、とくに面白い。

全部読むのは大変なので、著者の主張の私なりの要約。
1,平安将棋、大将棋、摩訶大将棋の3つでは、摩訶大将棋が一番、宗教的なシンボルを多く含んでいる。反対に、平安将棋が一番、宗教的なシンボルを含んでおらず、現在の将棋に近い。この3つは、通常は、平安将棋、大将棋、摩訶大将棋の順に作られたのではないかと考えられているが、著者は、逆に、摩訶大将棋、大将棋、平安将棋の順に作られたのではないかと考えている(これは、明確な証拠はないのだけれど、ゲーム内容を考えると、私は、かなり説得力がある仮説に思える。摩訶大将棋のルールから平安将棋を思いつくのに比べると、平安将棋のルールから摩訶大将棋を思いつくのは、遥かに難しいように思える。)。
2,摩訶大将棋の王将の前方にあるコマは、天皇の行列に出てくるものをシンボリックに表したものだと考えられる。つまり、このゲームの玉将は、天皇のシンボルである。
3,摩訶大将棋の玉将の左右のコマは、当時の薬師如来の荘厳をシンボリックに表したものと考えられる。したがって、玉将は天皇であるだけでなく薬師如来でもあった。薬師如来は東方の如来であり、日本の天皇は、中国から見て東方の国の王なので、それで、両者を同一視したのではないか、というのが著者の意見(ということは、「玉将」の「玉」というのは、薬師如来の東方瑠璃光浄土の「瑠璃」だったわけです)。
4,玉将の周辺には、3人の如来(釈迦、阿弥陀、大日)をシンボリックに表したと思われるコマがある。したがって、摩訶大将棋には、玉将である薬師を含め、ゲーム開始時点で4人の如来が登場していることになる。
5,摩訶大将棋には、他に、十二支を表現したコマ、陰陽五行を表現したコマなどがある。これは、たぶん、このゲームを作った人が、そういった呪術にも詳しい人達だったからではないか。
6,こんな変なゲームが、単純な娯楽としてプレイされたとは考えにくい。おそらく、このゲームは、当時の薬師如来信仰を背景にして、神事(仏事)としてプレイされたのではないか。
7,摩訶大将棋にくらべると、大将棋、さらに平安将棋と、徐々に宗教的なシンボルが少なくなっていく。提婆と無明はなくなり、また、十二支や陰陽五行を表現したコマもなくなる。また、如来を示すコマは、まず、釈迦と大日が消える。阿弥陀は、しばらくは残されたものの、やがて、阿弥陀も消える。それと同時に、如来の荘厳を表現していたコマも簡略化されていく。
8,この変化は、平安時代を通じて、薬師如来信仰が中心だった仏教が、阿弥陀如来信仰中心に変化してきたことと関係があるのではないか。このゲームをプレイする人たちの中で薬師如来信仰がマイナーになるにつれ、古いシンボルを表現したコマは、徐々に、プレイヤーたちにとって、わかりにくいものになっていったのではないか。というのが著者の主張(物証はなさそうに思えるが、個々のコマの変化を考えると、これも、説得力があるように思える)
9,で、ですね。この説が正しいと考えると、現在の将棋は、摩訶大将棋→大将棋→平安将棋→現在の将棋と変化してできたものなわけです。で、もうひとつ、現在の将棋の金将、銀将、桂馬、香車の4種類のコマは、これは、平安時代に仏様の前に置かれていたもの(金、銀、肉桂、香木)の名残なのです。

2018年4月16日月曜日

メモ:「電子しおり」について

「電子しおり」というものが欲しい気がする。紙の本に挟むしおりに、RFIDタグと、かんたんなメモ管理機能、einkの表示機能をつける。
パソコンかタブレットで動作する「しおり管理プログラム」とセット。
使い方。
本を読んでいて、気になるところがあったら、しおりにメモを書いて挟んでいく。
あとで、アレが書いてあるの、どこだったかな、なんて調べるとき、パソコンやスマホから検索。
本棚の中のどこにあるのかRFIDで探す。本を開いて、パラパラとしおりの挟まっているページをたぐる。
仕事の書類管理にもいいかな。大事な書類といっしょに封筒の中に入れておく。

健康を食い物にするメディアたち

やや過激なタイトルなのですが、内容は、メディアについての落ち着いた現状認識で、非常に好感を持てる内容でした。
たぶん、Welq事件の話を書いたのだろうと思っていたのですが、そういう、ネットメディアの話だけでなくて、既存の新聞やテレビなどにも目を向けたかなり広い視野の議論の本です。
この本、とくに良いと思ったのは、医学の素人である一般の人が、どうやって信頼できる健康情報と信頼できない健康情報を区別するか、また、なぜ、信頼できないいい加減な情報を多くの人が信じてしまうか、など、とくに一般の人に大切と思われる話に、ちゃんと言及していることです。
これは、私、常々、自分の患者に言っていることなのですが、
煽ったり脅かしたりするような言い方をする「専門家」の解説は眉に唾をつけて聞かなくてはいけません。本当に信用できる専門家は、科学が確実でないということを嫌という程知ってるからです。だから、これが真実だと著者の主張を押し付けようとしたり、煽ったりする人は、たいてい、あまり科学的には正しくありません。自分の意見と違う意見を持つ素人の患者に攻撃的になる医者は、あまり信用しないほうが良いと思っています。逆に、信用できるような人ほど、慎重で、曖昧で、奥歯に物が挟まったような言い方になります。医学の結論は、たいてい確率的なものであり、医学は、何かを断定することができるほど決定的な結論を出せる学問ではないからです。
特に、「絶対に」「奇跡の」「百%」「最先端」「最新の」あたりはNGワードです。
そういう話が、丁寧に書かれています。
もう一つ、良いなと思ったのは、こういう「健康を食い物にするメディア」を信じてしまう「非科学的」な人たちにも攻撃的になることなく、やさしく、その心理について分析していることです。私は、常々、非科学的な態度を取る素人に大して優しい態度を取れない医療者がいることが、そういう人を、逆に非科学的な治療の方向に追いやってしまっていると感じていました。ですので、そのへんを丁寧に書いてくれていることも、大変ありがたいと思いました。
この辺は、医療に関心のある人だけでなく、カルト宗教とか、詐欺的な商法とか、そのへんを相手に苦労している人にも読んでほしいかな、と思います。
あと、この著者の書くこれだけの量の纏まった文章は、私は初めて読んだのですが、この人、ライターの仕事、文章を書いて何かを伝えるということが本当に好きなんだなぁ、と思いました。私、どこかで、この人に、「あなたは医者よりもライターのほうが向いていると思う」というようなことを言った記憶があるのですが、これだけライターが好きなら、やっぱり、医者ではなくて、そっちが天職だと思います。
であれば、この人は、もう少し、自分だけは「健康情報を食い物に」していくことを考えて良いのではないかなぁ。メディアで一生食っていくということは、それはそれで大変なことだし、それに、こういう良心的な文章を書く人に食いものにされることは、健康や医療にとっても大きなメリットであるはずだと思うのです。

2017年10月27日金曜日

スマートスピーカーの非実用的な用途

スマートスピーカーというものに興味があります。
GoogleHomeとか、Clovaとか、そういうやつです。
とはいえ、買いたいとは思っていないのです。部屋が散らかっていて、置く場所がないものですから。
ですけれども、このデバイスの未来に興味があるものですから、いろんなところでスマートスピーカーをさわってみています。

さて、今日話したいのは、スマートスピーカーの非実用的な用途のことです。

普及するような情報機器は、たいてい、実用に使われる以上に、娯楽などの非実用的な用途で使われています。
多くの人のスマホはゲームとSNSの専用機になっていますし、パソコンだって、ゲームやら何やらがなかったら、こんなに普及したかわかりません。

逆に、どんな実用的な情報機器でも、工夫して娯楽のネタとして使う人は、かならずいるものです。

実用的な道具でも、変な遊びに使う想像力豊かなやつがいる、ということに、私が初めて気がついたのは、中学生の時、友人のK君がワープロの日本語変換に変な単語を教えこんでいるのを見たときでした。
彼の家にあったワープロは、かなで、「わたしのくつをおなめ」と打つと、「はい。ご主人様。」と漢字変換してくれるようになっていました。私が覚えているのは、その一単語だけなのですが、他にも、たくさんのイカガワシイ単語を登録してあったように思います。彼は、そういう単語をワープロに登録することを、「調教」と呼んでいました。彼は、そうやって、登録された単語を変換して、ワープロ専用機との怪しい「会話」を楽しんでいたようなのですね。まあ、実用一点張りのワープロ専用機だって、想像力を持った人間が変なことに使おうと思えば、娯楽の可能性は無限大なのです。
(ところで、あの日、私が彼の家でみたワープロは、彼の父親が仕事で使っていたものらしく、後日、彼は、「調教」に気がついた父親にひどく怒られたと聞きました)

そういうわけで、いずれ、スマートスピーカーも、普及し始めたら、アプリをインストールできるようになって、いろいろな非実用的なアプリが出て来るに決まっています。
スマートスピーカーを使った娯楽となれば、きっと、多くが会話を楽しむものになるでしょう。もちろん、人間との会話のような自然な会話はスマートスピーカーには、難しいでしょうから、会話と言っても、一種の決まり文句を楽しむだけかもしれません。でも、多くの人が面白いと思うような会話は、決まり文句の範囲でも、できるのではないでしょうか。

そういうわけで、今の時点で考えられる非実用アプリを考えてみました。

1,アニメやドラマの「あの会話」アプリ
アニメや、ドラマの有名なシーンを、ユーザーと一緒に演じてくれるアプリです。
たとえば、
「○○がないな?」
とユーザーが言ったら、スピーカーが、
「あんなのかざりです。偉い人にはそれがわからんのですよ。」
と答えてくれる、とか。
もちろん、こういう、一言だけの会話から、望むなら、台本一冊分くらいの長い会話もできるはずです。ユーザーは、そういう会話をすることで、あのアニメやあのドラマの登場人物になりきって遊ぶことができるわけです。
あ、ちなみに、上記の会話をしてくれるスピーカーには、ハロの形をしたケースを付けることをおすすめします。

2,ポルノ会話アプリ
ユーザーがエッチなことをいうと、いやらしい声でエッチな言葉で返事してくれるアプリです。
ユーザーは、そのアプリを使うことで、エッチな気分に浸るのです。往年のギャルゲー声優の声を使うと、そのスジの人には、特に楽しんでもらえるのではないかと思います。
これも、きっと、面白がる人が多いアプリではないでしょうか。

3,宗教的アドバイスアプリ
たとえば、何か、ユーザーが悩んでいることを言うと、その中のキーワードに関連した聖書の一節を話してくれる、というようなアプリです。
真面目なキリスト教の信徒であれば、喜ぶ人は案外いるのではないかと思います。仏教なんかでも、比較的、教義を言語で表現する度合いの大きい宗派、たとえば、上座部仏教とか浄土真宗とか日蓮宗とかだと、似たような、ユーザーの状況に応じた法語や仏語を言ってくれるアプリは作れるのではないでしょうかね。

4,サウンドノベルゲームのアプリ
一昔前のサウンドノベル、「弟切草」とか「かまいたちの夜」みたいなゲームを、朗読の音声のみで楽しむようなゲームです。
プレーヤーは、スピーカーに、どのように行動するかを言葉で伝え、スピーカーは、その選択の結果を、朗読と効果音、音楽で表現する形でゲームが進みます。
ホラーっぽいゲームを、真っ暗な中で音声プレイすると、きっと楽しいのではないかと思います。

まあ、他にも色々ありうると思うのですが、こういうの、いかがでしょうかね。