2023年2月23日木曜日

2022年で読んで良かった本③ 「漢方概論」

 「漢方概論」

今年のはじめくらいに、私、不意に、伝統医学というのは人工知能と相性が良いんじゃないか、と思いあたったのです。伝統医学っていうのは、多くは、なぜ効果があるのか、はっきりしない多数の薬や治療法の組み合わせで治療を行うものですけれど、そういう、なぜ効果があるのかよくわからないブラックボックスをうまく扱うこととか、多数の相互作用をする因子をうまく調整することとかって、コンピュータの得意分野なんですね。
では、人工知能と一番相性が良さそうなロジックを使っている伝統医学の流派というか先生を探してみよう、と、思って、色んな本を読み漁った結果、たどり着いたのが、この本の著者、藤平健先生。
これは!と思って、ぜひ本人と会って、弟子入りさせてもらえるように、お願いしなくては、と思ったのですが、調べてみると、もう、20年以上も前にお亡くなりになっている人なんですね。残念。
私が無知で知らなかっただけで、なんか、日本の東洋医学の世界では、すごく有名な人だったみたいです。
というわけで、ちまちま、勉強しているところです。来年は、これと、人工知能とうまく組み合わせて面白いことできるといいなぁ。

2023年2月21日火曜日

2022年に読んでよかった本②「マニ教」

この記事は、2022年12月にFacebookに投稿した記事の転載です。


 「マニ教」

なんだか、テーブルトークRPGの設定に出てきそうな、やたら細かな設定がある宗教だな、というのが、読後の印象。おそらく、マニ教がそういう宗教である、というよりも、そういう語られ方をしやすい宗教である、ということなんだと思う。
おそらく、それは、マニ教は、すでに絶滅してしまった宗教だから、だろうと思う。
特定の宗教について書かれた研究書は、多くの場合、その宗教を信じている人自身によって書かれるか、その宗教を信じている人たちへの取材によって書かれるか、どちらかである。著者自身が信じている宗教について書くのであれば、当然、その宗教の価値観に否定的なことは書きにくいし、仮に、本人が信じていなくとも、信じている人たちへの取材によって書かれた本であれば、著作に協力した人たちへの配慮から、その信仰へのリスペクトが文の中に現れる。そういうものです。
だから、たとえば、仮に、その宗教の歴史の中で深く尊敬されている人物に、いかがわしい側面があったとしても、あけすけに、いかがわしいとは書かれないのが普通であるし、その宗教の経典に、他宗教からの大きな影響、さらにありていにいえば「盗作」と言いたくなるような部分があっても、それをあけすけには書かないのが普通である。
この本には、そういう忖度が全くない。
これは、おそらく、マニ教が、すでに滅んでしまった宗教だから、だと思う。この本が題材にするマニ教という宗教は、3世紀にマーニーによって創始され、遅くとも14世紀頃までには、信者がいなくなってしまった、既に滅んだ宗教なのである。
だから、著者は、もちろん、マニ教の信者ではないし、マニ教の信者に取材したわけでもない。忖度しなくてはならない教団も、現代社会には存在しない。
配慮は全く不要なのである。
また、この本には、マニ教を信じている人たちの内面に迫る話も、全くない。こういう儀式がある、こういう神話や教義がある、というだけで、なぜ、彼らがそれを信じたか、という、信じている人たちの気持ちがさっぱり書かれていない。教祖であるマーニーについても、多くの人を引き付ける神話的な物語を作った才能豊かなクリエイターとして描写される。奇跡や救済をもたらす聖者とか、人間の悩みに応える宗教家とか、そういう描き方はされないのである。
でも、これも、考えてみれば、当たり前のことで、マニ教の信者が、何百年も前に絶滅しているからだろう。おそらく、信者の心の中のドラマは、ほとんど記録に残っていないのである。
そういうわけで、この本に書かれたマニ教は、私が中学生や高校生の頃に結構流行った、少し昔のファンタジーRPGの設定に出てきたような神様や経典や儀式のごった煮みたいな薄っぺらさで、なぜ、信者が、それを信じているのか、よくわからない宗教なのだ。
でもね、この宗教が、千年ほど前には、キリスト教や仏教、イスラム教と並ぶ、世界宗教だったのだよ。民族を超えて、ものすごく沢山の人が、それを真実だと信じていたのだ。そして、それが、なぜ信じられたのか、千年後の我々には、わからなくなってしまっている。
それは、つまり、私達が今信じていることも、千年後には、なぜ昔の人(つまり私達)がそれを信じているのか、さっぱりわからず、薄っぺらになってしまっているかもしれない、ということなのじゃないでしょうかね。
なんか、そういうふうに不安になる本でした。

2022年に読んだ良かった本①「ピダハン」

この記事は、2022年の12月にFacebookに投稿した記事の転載です。


今年読んだ、良かった本のリストでも作ろうか。

1冊目。「ピダハン」

南アメリカのピダハン族の言語や生活についての記録。

著者は、言語学者で、キリスト教の教師。南アメリカの原住民の社会に入り、原住民にキリスト教を伝える仕事をしながら、原住民の言語について研究していた。そういう立場の人物による、アマゾン川上流に住むピダハンと言われる部族についての記録である。

このピダハン、我々から見ると、非常にユニークな言語を持っている。

たとえば、ピダハンの言葉には数詞がない。この人達は、基本的に、数を数えることがないのだ。彼らの言語には色の名前もない。方角(東西南北)を表す名詞もない。数や色、方角など、具体的に触れることができないものについて表現する名詞はない、という言語なのである。

ピダハンには、時刻や季節を表す単語もない。これは、ピダハンの住む熱帯雨林が、一日中薄暗い、昼も夜も区別がつかない森の中で、また、一年中、同じように温かい赤道近くであることが関係しているのかもしれない。そのため、ピダハンは、ごく短命であるにも関わらず、自分たち人間の寿命に関する知識もないし、お互いの年齢も知らないのである。

ピダハンの言語の文法には、再帰構文(「Aさんは学校に行ったとBさんが言った」というような、文の中に、別の文が入れ子になるような構文)がない。そのため、ピダハンは、お互いに、人から聞いた情報を伝えることが難しい。普通の言語では、伝聞の構文は、文が入れ子にできることを利用して作られているものだから。だから、基本的に、ピダハンが話すことができるのは、彼ら自身が自分の目で見たものだけである。特に、遠い過去のことについての伝聞情報、つまり、歴史とか神話のような、を伝えることは、ピダハンには、非常に難しい。そのため、ピダハンは、独自の神話を持たない。

ピダパンにキリスト教を伝えようとする主人公にとっては、この最後の問題が決定的な障害になった。ピダハンは、自分で直接見たことがない遠い過去の事件については語ることができない言語でコミュニケーションを取る。そういう人たちに、2000年前のイエス・キリストの話を説明するのは、非常に困難だったのである。

また、言語は、それを使う人達の思考に影響を与える。過去の歴史について語れない言語を持つピダハンは、イエス・キリストについて、たとえ、何かを聞いたとしても、興味をもつことができないのである。

このピダハンについての記録は、言語学の世界に衝撃を与えた。当時、言語学の世界の最大の権威であったチョムスキーが、すべての言語には再帰構造があるはずだ、と主張しており、多くの言語学者は、それを疑っていなかったからである。

一方、言語学の世界には大きな影響を与えた著者であるが、本人は、アマゾンの上流で苦悩を続けた。キリスト教の教義を説明できない言語がある、ということを見せつけられた彼は、彼自身の血肉であったキリスト教の教えの普遍性を信じられなくなっていくのである。しかも、彼の目の前にいるキリスト教を理解できないピダハンは、彼には、悩みなく、幸せに見える人たちなのである。彼は、ピダハンの悩みのなさを、ピダハンが、今ここにあるもの以外を表現できない言語を使っていることと関連付けて考えている。今ここにあるもの以外を表現できない人たちは、未来のことを不安に感じたり、過去のことを悔やんだり、今ここにない物事によって悩むことはできない、というのである。

本の最後で、彼は、悩んだ挙げ句、キリスト教の信仰を棄てる。その結果、彼自身と同じように熱心なキリスト教徒であった彼の家族とは、絶縁してしまう。

今年読んだ一番すごい本である。


ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観 ダニエル・L・エヴェレット (著), 屋代 通子 (翻訳)


薬効のある植物は、なぜ、薬効があるのか?

これは、2022年11月に、Facebookに投稿した記事の転載です。


植物は、自身に危険が迫っているときに、それを察知して、様々の反応する。特に、大きな危険があるときには、多くの植物は、新しい芽を出したり枝を作ったりということを一旦止めて、眼の前の危険に対応しようとするらしい。当然、そういう危険の情報を植物の全身の細胞に伝えるための、植物のホルモンのようなものがある。で、コーヒーという植物は、それをハックしているらしい。

コーヒーの実は、多くの植物が危険を感じたときに放出するホルモンににた成分を、大量に含んでいるらしいのだ。そのため、コーヒーの木が、実を落とすと、その周辺の、他の植物のタネは、危険があるものと誤認し、発芽を、いったん延期する。その結果、コーヒーのタネは、周囲の他の植物が芽を生やさないうちに、自分だけ発芽し、太陽光を独り占めし、大きく成長できる。

我々は、その、危険を知らせる植物ホルモンに似た成分を、「カフェイン」と呼んでいる。我々は、そのコーヒーの実を炒って、その抽出液をお湯で薄めて飲んで、我々の神経を覚醒させる効果を楽しんでいる。

植物が、危険の際に放出するホルモンと、人間の交感神経を刺激する成分が、お互いに非常に似通っているらしい、ということの不思議さも面白いが、ここで、当たり前に気づくことは、コーヒーがカフェインを作ることは、本来は、コーヒー好きの人間のためではなくて、コーヒー自身が、成長し、子孫を残し、繁栄するための戦略の中で、必要なものである、ということである。

コーヒー以外にも、人間や動物の体に強い影響を与える物質を作る植物は、たくさんある。そういう植物は、たいていは、植物自身にとって、そういう物質を作ることのメリットが大きいから、そうしているのだと思う。

唐辛子の実は辛い。唐辛子はカプサイシンという成分を含んでいるからである。ほとんどの哺乳動物は、だから、唐辛子を食べることを避ける。哺乳動物は、カプサイシンが粘膜に触れると、痛みや熱に似た刺激を感じるからである。しかし、鳥類は、カプサイシンでそういう刺激を感じないらしい。だから、鳥は、唐辛子を食べる。唐辛子は、そうして、鳥にだけ食べられる。鳥は、空を飛ぶから、哺乳動物よりも行動範囲が大きい。そうして、鳥は、哺乳動物よりも広い範囲に糞を落とす。唐辛子は、鳥の専用の食品になることで、他の類縁植物よりも、より遠くに、鳥の糞に混ざってタネをバラまくことができる。カプサイシンは、唐辛子の繁殖のための戦略なのであり、別に、唐辛子は、人間の食卓を豊かにするためにカプサイシンを作っているわけではないのだ。

彼岸花の根は、毒を持つ。だから、ネズミやモグラなどの地中の小動物は、彼岸花を植えてあるところには、穴を掘らない。墓の近くに彼岸花を植えるのは、昔、土葬が普通だった時代、そういう小動物が遺体をかじって、墓の近くで繁殖することを防ぐための工夫であった。もちろん、彼岸花は、人間の墓を守るために毒を作るわけではない。彼岸花は、夏までに葉をつけ、光合成し、その栄養で、秋に花をつける植物である。秋に花をつける頃には、彼岸花には葉はないのだ。つまり、光合成する時期と、花をつけて繁殖する時期に、明確な時間差がある植物なのである。その時間差の間、栄養は、彼岸花の根茎に蓄えられる。繁殖のための栄養を蓄えた根茎を地中の小動物や昆虫から守るのは、彼らにとっては死活問題なのだ。そのための毒である。

さて、病気や怪我の治療に使える効果を持つ成分をつくる植物は、たくさんある。「薬草」なんて呼ばれる。おそらく、こういった薬草が、薬として利用できる成分をつくるのは、本来は、人間の医療に役立つためではないはずである。植物は、その植物自身が繁殖し成長するために、なにかメリットがあるから、薬を作っているはずだ、と思う。

麻黄という薬草がある。エフェドリンという成分を含み、それを服用した人間の心拍数を増やし、気管支を拡張し、発汗を促す。その性質を利用して、喘息の薬などに使われる。

あるいは、桂皮(桂枝、シナモン)という植物がある。血行を促進し、体温を上げ、発汗を促す効果がある。それを利用して、感冒の薬などに使われる。

「こういう薬用植物は、どういう生存戦略で、こんな成分を作っているのでしょうか?」「こういう薬用植物が繁殖するために、薬の成分を作ることは、どういうメリットがあるのでしょうか?」と、最近、色んな人に意見を聞いてみたのだけれど、みんな、そんなこと考えたこともない。という。文献も探してみたが、見つかった範囲では、そんなことを書いている人は、どうもいないらしい。

でも、薬を作ることは、植物自身にとっても、かなりコストがかかることのはずなのだ。であれば、植物自身にとっても、そのコストに見合うメリットがあるはずだ、と思う。

だれか、そういう事を考えている人、いないでしょうか?

2022年6月23日木曜日

linux on vbox on winをアップデートしたときに、重たいと感じたらすること

ずっと、lubuntuをvbox on win上で開発環境として使っています。

メインの開発環境以外は、直接ハードウェア上にインストールしたubuntuですが、メインだけは、vbox上です。

vboxなのは、手軽なのと、あと、開発環境がポータブルだと、やっぱり別のマシン上に移動するときに便利だからです。

で、最近、lubuntuを18から一気に22にアップデートしました。急に重たくなった。で、色々やったのですが、まあ、たぶん、次にアップデートするときにも、同じようなことをやるんだろうなぁ、と思うので、色々試したことを書いておきます。

書いてみると、結局、当たり前のことばかりですね。


1, 余計なサービスが動いていないか確認。

2, guest側window system で不要な設定がされていないか確認。

3, guest側の背景画像をなくして、背景は一色にすること。

4, guest側のディスプレイの設定、グラフィックコントローラの設定の確認。

5, guestに割り当てるメモリを増やす。


あと、おそらく、次は、lubuntuはないかなぁ、と思っています。だんだん、私が、最新のパッケージの機能を必要としなくなっているので、ubuntuの新しいパッケージに付いていくのがしんどいんですよ。自分で書いているスクリプトのたぐいを、いろいろ、最新の環境に合わせて書き換えなきゃならないの、大変ですからね。次からは、debianかねぇ。

2022年3月13日日曜日

ウクライナ危機について、今、思っていること

 2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻しました。

この記事を書いている現在も、ロシア軍が、ウクライナの首都のキエフに迫っています。

この記事は、その状況下で、戦乱から遠く離れた東京で、私が考えていたことの記録です。一部、未来予測的な部分を含むので、あとから見直すことができると有意義だと思って、記事にして残しておくものです(最近、その時々にあたりまえのように考えていたことを記録に残しておくと、非常に良いと思うようになりました。自分の立場や健康状態などによって、あたりまえだ、当然だと思っていることは、大きく変わっていくからです。)

想定読者は、数年後の私ですから、ここに書いてあることに反論がある人がいらっしゃっても、特に議論するつもりはありません。私は、この分野には、素人ですから、まあ、間違ったことも書いていると思うのですが、それもまた、未来の自分に読ませるためです。

1,この戦争は、非常に珍しい戦争である。
たぶん、私は、子供の頃に聞いたのと思いますが、「マクドナルドが出店している国同士は、戦争はしない」という言い回しがありました。出典は知りません。実際、これまで、マクドナルドが出店している国同士で戦争が起こったことがあるかどうかも知りません。おそらく、この言葉の意味は、十分に国際経済の一部になった国同士は戦争しない、という程度の意味でしょう。十分に国際経済から恩恵を受けている国同士は、戦争で得るものよりも失うもののほうが多い。だから、戦争しない。そういうことだと思います。

ところが、今回起こっているのは、マクドナルドがある国同士の戦争です。ロシアにもウクライナにもたくさんのマクドナルドがあります。今回、我々は、そういう、グローバル経済の一部であるような、しかも、それなりに大きな国同士が戦争すると、どうなるか、を、見せられているわけです。

2,経済制裁等が思ったより効いている。
ウクライナは、NATO諸国に助けを求めています。しかし、NATO諸国も、その同盟国も、直接に軍隊を派遣するような支援はしていません。経済制裁と、武器供与だけです。ところが、思った以上に、この経済制裁や武器供与が効いている。ウクライナに入ったロシア軍は思った以上に苦戦していますし、制裁を受けたロシア経済は破綻寸前で、おそらく、それほど長く戦争を続ける力は残っていません。

経済制裁が効いているのは、これは、これまで以上に世界経済が一体化している、いわゆるグローバル化が進んでいること、また、武器供与が効いているのは、戦争が、これまで以上にハイテク兵器に頼るようになってきたこと、が理由でしょう。

ここ十数年で、世界の多くの国が、これまで以上に、諸外国との貿易や国際投資の恩恵を受けるようになりました。その結果、グローバル経済から切り離されることは、これまで以上に高くつくようになったのです。その結果、経済制裁は、より強く効くようになった。よく、「経済制裁だけで防げた侵略はない」という言い方がなされますが、今回は、その、初めての反例になるかもしれません。

3,ウクライナの宣伝がうまい。
事前に思っていたよりも遥かに、ウクライナの宣伝戦というか情報戦は、旨いと思います。対して、ロシアは、あまりうまくない。このあたりは、近い将来、いろんな分野の宣伝の、ひとつのモデルケースになるのではないでしょうか。

4,このあとどうなるか(1)
3月13日現在、私は、もう、ロシアは、勝てないだろうと思っています。仮に、キエフが陥落しウクライナが負けても、ロシアは、ごく一部のロシア人居住地域を覗いて、ウクライナを占領できないでしょう。なにより、当面、厳しい経済制裁は解除される見込みはありません。経済制裁が解除されなければ、ロシアは、どんどん貧乏な国になっていきます。ロシアは、今や、韓国よりもGDPの小さな国です。これが、北朝鮮よりもGDPの小さな国になれば、おそらく、NATO諸国の安全保障は、いまよりもずっと簡単になります。おそらく、そのあたりが落とし所になるのではないでしょうか。

グローバル経済が発達した時代において、経済的エンガチョは、爆弾よりもパワフルな攻撃力を持つ兵器なのです。

西欧にとっての脅威になりえないくらい程度の弱小貧困国になったロシアが、ウクライナから撤退し、周辺諸国に作った、いくつもの自称「共和国」への支援をすべて解除し、制裁を解除してもらう。そういうふうになる可能性が高いんじゃないかな、と思っています。

5,このあとどうなるか(2)
経済制裁だけで、侵攻を止め、一つの大国を無力化できることができるという前例ができれば、おそらく、欧米の次のターゲットになるのは、中国です。

口実は、たぶん、いくらでもありえるでしょう。ウイグル問題でも、チベット問題でも、なんでもいい。中国の人権侵害や侵略と感じられる問題に対して、経済制裁が行われる。おそらく、中国は、理不尽だと感じるでしょう。私の知る限り、多くの中国人は、チベットもウイグルも、中国の一部だと本気で信じていますから。しかし、中国の信念は、制裁を解除する理由にはなりえません。制裁する国々に通じる論理で正当性を説明できない限り、制裁は解除されないからです。

もちろん、ひょっとしたら、こんな制裁は、起こらないかもしれません。しかし、将来、経済制裁を受けるかもしれないという可能性だけで、資本は、中国を避けるようになるでしょう。そうなれば、中国の経済成長は、今後は、これまでよりも難しくなるのではないでしょうか。

6,「ならず者国家」を排除したら、世界は平和になるのか。
ならないでしょう。おそらく、中露が弱体化すれば、欧米諸国同士の醜い争いが起こるようになるだけです。


追記。
個人的には、この投稿で予想したようになればよいな、とも思っています。ですので、予想だけでなく希望も入っています。武力介入せずに、経済制裁だけで大きな戦争を封じ込められるなら、また、それで、自由で民主的な国家群を守ることができるなら、完全に平和ではなくても、それで充分です。

2021年4月23日金曜日

ビザンチン将軍問題は、オスマン将軍問題に改名したほうがいい気がします

 ビザンチン将軍問題は、オスマン将軍問題に改名したほうがいい気がします、という話。長いよ。

計算機科学の分野の問題の一つに、「ビザンチン将軍問題」というのが、あるのです(リンクは、Wikipediaです。)
初めて、私が読んだ専門書では、この問題は、こんな感じの説明でした。
「ビザンチン帝国の軍隊が、とある敵国の都市を包囲している。包囲しているビザンチン帝国軍は、n個の軍団によって構成されていて、各軍団は、それぞれ、1人の将軍によって率いられている。帝国軍は、包囲している都市の攻撃を続行するか、それとも、撤退するか、を決めなくてはならない。もし、帝国軍全体で協力しあって攻撃したら、敵の都市を攻め落とすことができる。また、帝国軍全体で、協力しあって撤退作戦を行えば、犠牲を出さずに撤退することができる。ただし、一部の軍団だけが攻撃を続行し、残りの軍団が撤退しようとする、というようなことになれば、帝国軍は、敵に打撃も与えられず、被害だけを出し、戦争は敗北することになる。将軍たちは、攻撃か、撤退か、軍の全体の統一した方針を決めなくてはならない。無事に、全体で攻撃か撤退か、全軍で統一した行動が取れれば、将軍たちの勝ち、統一した行動を取れない軍団が出てくれば、将軍たちの負け、である。
ただし、問題点が2つある。
1,各将軍は、それぞれの率いる軍団を離れることはできない。したがって、全員で一箇所で会って話し合うのではなくて、お互いに手紙を出し合うことで、合意に至らなくてはならない。
2,将軍たちの中には、裏切り者がいる。裏切り者の将軍は、全体の統一した意思決定を妨害しようとするために、他の将軍に嘘の手紙を書くことがある。」
もちろん、計算機学者は、別段、ビザンチンの将軍の歴史の話に興味があるわけではありません。これは、コンピュータネットワークで、一部のコンピュータに故障が発生した場合にも、コンピュータネットワーク全体が、正常に動作を続けられるようにするにはどうしたらいいか、ということを考えるために、レスリー・ランポートという計算機学者が考えた例なのです。この例題の中の裏切り者の将軍は、故障したコンピュータの比喩で、また、例の中のビザンチン帝国軍は、ネットワーク全体の比喩なのです。計算機科学の世界には、このビザンチン将軍問題を解決するためのさまざまなアイデアがあります。
さて、この話を読んでから、ずっと疑問に思ってきたことがあるのです。それは、「ビザンチン将軍問題」に相当するような、ランポートの元ネタになるような戦争は、歴史上、どこかにあったのだろうか、ということでした。
複数の軍団が、お互いに会うこともできないほどの距離に布陣しないと包囲できないような都市、となると、かなり巨大な都市のはずです。ウィーンとか、ローマとか、おそらく、かなり大きな、つまり、現在でも有名な都市、でしょう。そんな巨大な都市を、ビザンチン帝国軍が包囲して、しかも、裏切り者がいて、そういう戦争というのは、歴史上、どこかであったのでしょうか?
先日、ネットフリックスの歴史ドキュメンタリー「オスマン帝国」を見ました。オスマン皇帝のメフメトの軍隊がコンスタンチノープルを陥落させる15世紀の戦いを描いたドキュメンタリーです。
皇帝に即位したばかりころ、メフメトの政権の基盤は弱く、メフメトは、自分の地位を守るためにも、自分が先代よりも優れた皇帝であることを周囲に示す必要がありました。メフメトは、そのために、コンスタンチノープル攻略を計画するのです。しかし、コンスタンチノープルは難攻不落の城塞です。この戦争が、若い皇帝の功名心からでた、成功の可能性が低い侵略だとみた大臣は、戦争に反対します。オスマン帝国では、メフメトの始めた戦争を支持する声は主流ではなかったのです。そういう中で、忠誠心の曖昧な軍を率いて、メフメトはコンスタンチノープルを包囲します。
包囲はしたものの、コンスタンチノープルは巨大な都です。包囲するオスマン軍の各軍団は、都の周囲の大きな湾や森、砦などに遮られ、お互いの連絡も十分に取れなくなります。そんな中、オスマン軍よりも遥かに小規模な軍隊でコンスタンチノープルを守るビザンチン皇帝は、オスマン軍にスパイを送り込み、調略によって逆転しようと試みます。オスマン軍の中には、本当か嘘かわからない情報が飛び交い、イスラム教徒からコンスタンチノープルを守るためにローマ法王が援軍を派遣したという噂が流れます。その一方で、オスマン帝国に新兵器を売り込もうとするキリスト教徒の発明家たちも現れます。むろん、信用できるものかはわかりません。そんな中、メフメトは、奇抜は作戦を秘密裏に進め、成功して、コンスタンチノープルを陥落させるのです。そして、勝利したメフメトは、戦争中に裏切った家臣たちを処刑し、自身の政権基盤を確固たるものにします。
さて、このコンスタンチノープルを包囲しているオスマン軍の様子、「ビザンチン将軍問題」に出てくるビザンチン軍に、似てませんか?
でね、思いついて、調べてみたんですよ。
この、「ビザンチン将軍問題」の元ネタは、「どこかの国の都市を包囲したビザンチン帝国の将軍たち」ではなくて、「ビザンチン帝国の首都であるコンスタンチノープルを包囲したオスマン帝国の将軍たち」だったのではないかと。それを、誰かが誤解して、ビザンチン帝国の将軍の話みたいに思って、いつの間にか、そっちの誤解が広がっちゃったんじゃないか(上でリンクしたwikipediaもビザンチン帝国の将軍の話として書いています)、って。まだ、ランポートの原著には当たれていないんですが、調べてみると、「ビザンチンを包囲するオスマンの将軍」の話として書いている本も、多いみたいなんですよね。