2023年2月21日火曜日

2022年に読んだ良かった本①「ピダハン」

この記事は、2022年の12月にFacebookに投稿した記事の転載です。


今年読んだ、良かった本のリストでも作ろうか。

1冊目。「ピダハン」

南アメリカのピダハン族の言語や生活についての記録。

著者は、言語学者で、キリスト教の教師。南アメリカの原住民の社会に入り、原住民にキリスト教を伝える仕事をしながら、原住民の言語について研究していた。そういう立場の人物による、アマゾン川上流に住むピダハンと言われる部族についての記録である。

このピダハン、我々から見ると、非常にユニークな言語を持っている。

たとえば、ピダハンの言葉には数詞がない。この人達は、基本的に、数を数えることがないのだ。彼らの言語には色の名前もない。方角(東西南北)を表す名詞もない。数や色、方角など、具体的に触れることができないものについて表現する名詞はない、という言語なのである。

ピダハンには、時刻や季節を表す単語もない。これは、ピダハンの住む熱帯雨林が、一日中薄暗い、昼も夜も区別がつかない森の中で、また、一年中、同じように温かい赤道近くであることが関係しているのかもしれない。そのため、ピダハンは、ごく短命であるにも関わらず、自分たち人間の寿命に関する知識もないし、お互いの年齢も知らないのである。

ピダハンの言語の文法には、再帰構文(「Aさんは学校に行ったとBさんが言った」というような、文の中に、別の文が入れ子になるような構文)がない。そのため、ピダハンは、お互いに、人から聞いた情報を伝えることが難しい。普通の言語では、伝聞の構文は、文が入れ子にできることを利用して作られているものだから。だから、基本的に、ピダハンが話すことができるのは、彼ら自身が自分の目で見たものだけである。特に、遠い過去のことについての伝聞情報、つまり、歴史とか神話のような、を伝えることは、ピダハンには、非常に難しい。そのため、ピダハンは、独自の神話を持たない。

ピダパンにキリスト教を伝えようとする主人公にとっては、この最後の問題が決定的な障害になった。ピダハンは、自分で直接見たことがない遠い過去の事件については語ることができない言語でコミュニケーションを取る。そういう人たちに、2000年前のイエス・キリストの話を説明するのは、非常に困難だったのである。

また、言語は、それを使う人達の思考に影響を与える。過去の歴史について語れない言語を持つピダハンは、イエス・キリストについて、たとえ、何かを聞いたとしても、興味をもつことができないのである。

このピダハンについての記録は、言語学の世界に衝撃を与えた。当時、言語学の世界の最大の権威であったチョムスキーが、すべての言語には再帰構造があるはずだ、と主張しており、多くの言語学者は、それを疑っていなかったからである。

一方、言語学の世界には大きな影響を与えた著者であるが、本人は、アマゾンの上流で苦悩を続けた。キリスト教の教義を説明できない言語がある、ということを見せつけられた彼は、彼自身の血肉であったキリスト教の教えの普遍性を信じられなくなっていくのである。しかも、彼の目の前にいるキリスト教を理解できないピダハンは、彼には、悩みなく、幸せに見える人たちなのである。彼は、ピダハンの悩みのなさを、ピダハンが、今ここにあるもの以外を表現できない言語を使っていることと関連付けて考えている。今ここにあるもの以外を表現できない人たちは、未来のことを不安に感じたり、過去のことを悔やんだり、今ここにない物事によって悩むことはできない、というのである。

本の最後で、彼は、悩んだ挙げ句、キリスト教の信仰を棄てる。その結果、彼自身と同じように熱心なキリスト教徒であった彼の家族とは、絶縁してしまう。

今年読んだ一番すごい本である。


ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観 ダニエル・L・エヴェレット (著), 屋代 通子 (翻訳)


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