2013年5月6日月曜日

医者の世界から見るワークシフトの未来

仕事で会う、特に自分より若い人から、「専門知識を身につけて、組織に縛られない生き方」をしたいとか、「ノマド的な生き方」をしたいとか、そういう話を聞かされることが多くなりました。

僕は、たいてい、それを少し複雑な気持ちで聞いています。もちろん、そういう生き方は、それはそれで素晴らしいと思うのだけれど、彼が憧れながら思っているよりも、そういうノマド的専門家ってのは大変なんじゃないかな、本当に彼にできるのかな、とも思うわけです。とはいえ、そういう、「組織に縛られない専門家」というのは、これから増えていくんだろうな、という実感も持っています。

最近、「ワークシフト」という本を読みました。一読して、この世界で書かれている未来の仕事のスタイルは、医者の世界での現在の仕事のスタイルに非常に近いな、という印象を持ちました。

医者の世界での働きかたのスタイルは、普通の人たちの未来の働きかたの、特に、「ノマド的な、組織に縛られない専門家」のモデルになりうるのかも、別の言い方で言いますと、医者の世界は「すすんでいる」のかも、と思います。

そう思ったので、「医者の世界から見るワークシフトの未来」について、書いて見ることにしました。

1,あなたが高度な専門家になると、まず間違いなく、あなたの環境はブラックになる。

あなたが突出した専門知識を持つようになって、職場に、あなた以外には解決困難な問題が増えてきたとします。

そうすると、職場側は、あなたに配慮しなくてはならないことが増えるかもしれません。そうだとしたら、給与は上がり、残業は少なくなり、家族と過ごすプライベートの時間も増えるのでしょうか?

医師の世界が経験したことからすると、残念ながら、そうはいかないと思います。あなた以外には困難な仕事が増えるという事は、あなたの責任が増え、あなたの労働時間が増えるという事です。

だって、自分がいなくて困る同僚や患者を見ながら、自分一人だけ休暇を取ることなんてできないでしょう?

もし、あなたが、一人だけ休暇をとれるような人ならば、たぶん、あなたは同僚からの信用を失うでしょう。専門知識を持った人が集まって行う仕事というのは、当然、専門家同士の協力が必要ですから、周囲の他の専門家から信用を得られない人は、仕事を続けられません。

さらに、もし、あなたが来年以降も専門家であり続けようとしたら、自分の専門知識を維持し続けるために、仕事が終わった後の時間を費やして勉強し続けなくてはなりません。進歩の早い時代です。努力し続けなければ、あなたの専門知識は簡単に古びてしまうからです。

ですから、あなたは、ハードワーカーにならざるを得ません。

もちろん、責任や労働時間が増えるにつれて給与は多少上がるでしょう。でも、おそらく、それは、労働時間と責任に見合うほどのものではありません。

一般に、医師の世界では、高度な専門家ほど、労働時間は長くなります。そして、賃金は、時給に換算すると、高度な専門家ほど低いのが一般的傾向ではないかと思います。彼らは、多少大げさな言い方で言いますと、自分にしかできない仕事をするという使命感と情熱で働いているのです。

あなたが高度な専門家になり、あなた以外には困難な仕事が増えるほど、あなたの労働環境はブラックになります。
多くの医師は、普通のサラリーマン以上に「社畜」です。

2,しかし、どんな専門家でも、かわりはいる。

前項で、僕は、「あなた以外には困難な仕事」といいました。でも、あなた以外には困難な仕事でも、必ず、あなた以外にも、それができる人は存在します。世界は広いのです。どんな高度な技術でも、できる人は必ず見つかります。

職場と折り合いが悪くなって転職したことのある医者を、何人か知っています。そんなのは、普通のサラリーマンの世界でも、よくあることです。
そういう医者の中には、
「俺がいなくなったら、みんな困るくせに!」
「この職場は、俺の犠牲のおかげで動いているのに!」
「俺の代わりなんていないのに!」
そういってやめる人が、時々います。
気持ちはよくわかります。

確かに、急に辞められると、多くの職場が困ります。でも、しばらくすると、ほとんどの場合、職場は、彼と同じくらいに優秀な、彼と同じくらいに自己犠牲の精神を持った別の医者を探してきます。

情報化社会の現在、特定の人しか知らない秘伝の技術なんてものは、ほとんどありません。あなたがよほど突出した天才でなければ、必ず代わりはいます。

今後、縛られない生き方をしたい専門家が増えれば、その職場も、気難しい専門家を雇うことに慣れていきます。そういう職場は、間違いなく、こういう気難しい専門家の代わりを探しだすノウハウも磨いていくでしょう。

専門家になるという事は職場に対する交渉力を手に入れるという事でもあります。でも、その交渉力には限界があるのです。無理を通すために辞職をちらつかせて交渉をするのは、たいていはやっぱり無理です。

あなたの代わりは、常にいると思ってください。これは、必ずしも悲観するべきことではありません。あなたが普通に仕事をしていれば、あなたの仕事を引き継ぐひとは必ずいるという事でもあります。引き継ぐ人がいるという事は、あなたの仕事の責任がどんなに重たくとも、その責任には上限があるという事でもあります。気楽にいきましょう。

3,代わりがいるとはいえ、辞職するときには迷惑をかけないように振る舞いましょう。

あなたの代わりは必ずいるとはいえ、医者が別の医療機関に移るときは、やはり辞められる職場は大変です。代わりの医者を探さなくてはなりませんし、代わりの医者が見つかっていたとしても、患者や治療について、たくさんの情報の引継ぎをしなくてはいけません。この引き継ぎ資料の作成は大変で、多くの医者は、辞職(異動)前後には、残業時間が極端に増えることが多いです。

どうせやめる職場の都合に縛られる必要はない、なんて考えはやめましょう。同じ分野の専門家を続ける限り、学会や、様々な集まりで、別れた職場の医者とも顔を合わせなくてはいけませんし、同じ分野の専門家同士、なにかと協力しあわなくては仕事にならないのです。専門家の世界は狭いのです。一旦、悪い評判がつけば、どこの職場に移ったとしても仕事に差し支えます。

ただ、辞職間際というのは、どうしても余裕がないことも多いです。どうしても余裕がなければ、時には迷惑をかけてしまうのもやむを得ないかもしれません。後で迷惑をかけた人に会ったら謝りましょう。その時やむを得なかったことがわかれば、謝れば、たいていは相手は許してくれます。なぜなら、あなたが同じ分野の専門家である限り、相手にとっても、今後のあなたの協力が必要だからです。

結論

「ワークシフト」によると、現在起こっている働き方の変化をまとめると、「ゼネラリストから連続スペシャリストへ」「孤独な競争から協力して起こすイノベーションへ」「大量消費から情熱を傾けられる経験へ」だそうです。

この本で書かれている、未来の社会の働き方は、現在の医者の働き方によく似ていると思います。

そこでは、「職場に縛られない生き方」が実現しますが、現在の会社組織中心とは別の倫理観に従って、今以上にハードワークをしなくてはならないのです。そういう生き方は、今、「縛られない生き方」みたいなことを言っている人たちが想像しているより、厳しい部分も多いです。
そこには、専門家個人の努力と、専門家同士の協力が必要です。情熱をもってそういう生き方ができる人ならば、それはそれで素晴らしいと思うんですが、誰にでも簡単にできるものではないと思います。

1 件のコメント:

  1. 私は Hideaki さんとは違う職場ですが、恐らく世の中の標準からすれば、かなり先進的な職場にいると思います。
    もっと言えば、そういうノマドな人が一般に憧れてるとされる環境にいると思います。
    そういう環境にいて思うのは、Hideaki さんと全く同じです。

    「組織に縛られない生き方」をするのは、組織に縛られる生き方以上に、それ以外の何かに縛られるものです。
    会社という組織に縛られなくても、同業者や顧客も含めたコミュニティに強く縛られます。
    ノマドになれば自由になるというのは、半分は不正解ですね。

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